工藤隆「古事記の起源」

工藤隆の古事記の起源を読みました。日本における最古の文書といわれる古事記。太安万侶が稗田阿礼の口承や、それまでの神話・文学・神道・政治などのまとまっていない文書などを基に書いたものですが、太安万侶の取捨選択で一本化したものだというのは初めて知りました。

この古事記の起源は、文章的なアプローチだけではなく、文字を持たない中国少数民族の口承や神話などと対比して、文字の上からだけではなく古事記を再検討しています。海幸山幸神話の原型がインドネシア地域の神話にあるというのは、以前から知っていましたが、それ以外の所では、面白い話がかなりありました。

古事記神話でイザナキの左目から天照、右目から月読が、鼻から素戔嗚が生まれたと言われていますが、鼻から生まれるのは特殊なのだそう。左目から太陽、右目から月が生まれるのは世界の神話でよくある事例なのだそう。

食物神を殺すのが、月読なのもよくある事例。太陽と月の対立神話。しかし古事記では素戔嗚がやっている。ちなみに日本書紀では月読が食物神を殺す。

イザナミがホトを焼かれて死んだときに、嘔吐物から、尿から、大便から、神が生まれますが、女の身体から火が起こるのはよくある事例。しかし嘔吐物から、尿から、大便から良きものが生まれるのは日本独自なのだそう。これは人糞肥料の利用があったからかもしれません。

考えても見なかったのですが、人糞肥料を使っていたのは、世界的に見ても日本しかないのだそうです。ヨーロッパでは川に流したり放置したりしていたそう。中国でも牛馬糞は肥料にするけど、人糞は肥料にしない。

この理由が驚きでした。豚を飼っていると、人間が排泄した人糞を豚がすぐ食べてしまうのだそう。だから豚を飼っているとトイレが必要ない。日本では弥生時代以外は、明治以前に豚がいなかったから、人糞を肥料にする発想が出てきたらしいです。

確かに日本の亥(イノシシ)年は、中国では亥(ブタ)年。日本に豚がいなかったのですね。行かないと、生活しないと、考えが及ばない事はありますね。


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